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前回の補足

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月 2日(木)20時36分6秒
返信・引用
  最初の投稿でいきなり“今”(あるいは“今ここ”)の核心に迫るような難しいこと書い
ちまったものだから、皆さんをドン引きさせてしまったかも知れません。皆さんからの
反応が無いところを見ると、そんな気もしてまいりました。しかし既にああいう話をし
てしまった以上、元には戻れません。今回はそれの補足を少しやっておきます。

時間は線に譬えられることが多いですが、仮に時間が一本の線だとしたら“今”とはそ
の線上の点に当たります。“今”とは時間という名の線上の点です。
前回“今”には時間の幅が無いと申し上げましたがそれは、点には長さが無いのと同じ
ことです。線上の点には長さが含まれていないのと同じように、時間上の“今”には時
間の幅は含まれていないわけです。
“今”はしばしば瞬間として表現されますが、厳密に考えますと、瞬間の中にはホンの
僅かながらも時間の幅が含まれておりますので本当は、ここに言う“今”とは別物なの
です。時間が一本の線だとしたら“今”は点であり、瞬間は点に極めて近い短い線だと
言えます。が、両者の違いは無と有の違いにも匹敵します。

時間を一本の線ならぬ一本のヨウカンに譬えるとしたら、“今”とはそのヨウカンを真
ん中から切り分けた時にできる境界線ということになります。“今”に時間の幅が含ま
れていないのは、その境界線にヨウカンが含まれていないようなものだとも言えます。
 

悟りへの入り口として提示される“今”(“今ここ”)とは絶対の今のこと

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月 1日(水)16時26分52秒
返信・引用
  悟り絡みではない日常会話の中で使われる“今”と、覚者によって悟りへの入り口もしく
は悟りの起こる場所として提示されている“今”とは別物です。前者は語の厳密な意味に
おける“今”のことではないのに対して、後者は語の厳密な意味における“今”のことだ
からです。
では語の厳密な意味における“今”とは何かと申せば、絶対の今に他なりません。同じ
“今”という言葉でも後者の場合は特に絶対の今のことだけを指しているのです。
ところで皆さんは、絶対の今もしくは語の厳密な意味における“今”には時間の幅が全く
無いということに思い至られたことがおありでしょうか?何かが存在するために必要とす
る最低限の時間の幅、例えば万分の一秒ほどの時間の幅さえもそこには無いということに
気づかれたことはないでしょうか?
最後に、第一回目の投稿ということでお断りしておきます。私は当掲示板の管理者である
とはいえ今後、多忙のため掲示板を見ている暇の無い時があるかも知れません。なるべく
見るようにはいたしますが、そのことを一応念頭に入れておかれますようお願いします。
 

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