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少なくとも理屈でだけはありえない

 投稿者:OIVIS  投稿日:2011年 6月26日(日)21時02分28秒
返信・引用 編集済
  それは一億トンのコンクリの塊に頭をぶつけるより堅固な事実の話で
理屈の介在できるようなものじゃありません
不在のくせに息を飲んだり笑っちゃうばかりでしょう
理解とか解釈の出番もありません ただ・・・
一つ困った事にとんがらしや象みたいにこの世にある名前の付いたモノのどれにもあたらないから誰にも示しようがないと言う以外は・・・
だからありもので説明するしかない
そこいらへんが理屈と混同されやすいかも知れません

しかしそこに一旦のまれるなり分るでしょう
「ありてあるもの」と言うような過去の表現も ほんと まさしくそのとおりだと
 

今 ここ  

 投稿者:おん  投稿日:2011年 6月26日(日)12時23分40秒
返信・引用
  通りすがりの者です

要するに、今ここは一元を表した一つの表現ですね。

今ここに留まる限りそこに二元性はありません。




 

皮肉な事

 投稿者:OIVIS  投稿日:2011年 6月22日(水)22時16分53秒
返信・引用
  「実質」の話で確認叶った事はホッとする事であります
ご解答ありがとうございました
ただ おそらく管理人さんもそうでしょうし
その「実質」と言う実感がここで確認しあえた他の方にとってもそうでしょうが
それ自体は「ふむふむ やはりそうなんだ」と言う事ではあっても決して一大事な事ではないと思います

といいますのは
球が止って縫い目の見えた王さんや川上さんや
数多の自分の道に長年いそしんで開眼した方達にとってそれは
あそこの角にある地蔵さんは確かキューピーっぽいよね
あああなたもそう 奇遇ですな
と言う様な「ゾーン」の類似の話ではあっても 目標と言うようななものじゃないからです

しかしながら(まさに管理人さんが仰るように)皮肉にも
ゾーンと言う曖昧な何か「自体が目標」でそれを求める人が後を絶たない
それでゾーンをゲットする事も捕まえておく事も
悟りの為の修養に縁も無い人がただ
役分に生きて自然に悟る事以上に奇跡だというのに

ただこの「ゾーン」の話は「悟り」のたぐいでは無いのかも知れませんが
少なくとも夫々の道の開眼を通過した方々にはそれが悟りかどうかは殆ど興味の外でしょうね
 

では、今に在るためにはどうしたら良いのか

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月22日(水)05時42分28秒
返信・引用
  悟りに関心のある方ならご存じのように、「今(あるいは今ここ)」に在ることが悟りへの
道であるということが、アチコチの覚者によって語られてきました。
では、現象的に見れば未来と過去の間にある変わり目に過ぎない今に、我々はどうしたら
在ることができるのでしょうか?その方法は一つしかありません。心を未来や過去に往き
来させないという間接的な方法がそれです。
今に在ることそれ自体を直接的に目指しても目指したものは得られません。何故なら、何
であれ何かを目指すことの中には心を未来に向ける要素が含まれており、今に在ることに
反しているからです。たとえ目指す対象が「今に在ることそれ自体」であったとしても、ご
多分に漏れずそうなってしまうというのは、皮肉以外の何物でもないのですけれども。
我々に残された道は、心を未来や過去に往き来させないという間接的な方法だけであると
言えるのは、そのためです。
ちなみに心というものは、未来と過去以外に動いて行く先が無くまた、動いている間だけ
存在を保っていられるという事実がありますので、心を未来や過去に往き来させないとい
うことはそのまま、心を脇に置くこととイコールになります。
ということで「サトシャブ」をお読みの方はお分かりのように、私に悟りを語らせたら最後
の最後はやっぱり次の結論に辿り着いてしまいます。
「悟りへの唯一の道は心を脇に置くことである」

http:// 

 

未来はいきなり過去に…

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月22日(水)05時11分7秒
返信・引用
  未来はいきなり過去になります。
万人の思い込みとは裏腹に。
彼らは、こう思い込んでいるようです。
未来はまず今になり、それから過去になる、と。
が、実際はそうではありません。
未来はいきなり過去に変わります。そして今とは、その変わり目のことです。
未来から過去への変わり目に過ぎない今を、心が捉えられないのは当たり前です。

にも関わらず我々は、心の感じる働きによって、今を捉えたかのごとく錯覚することはあ
ります。が、実際はそんな時というものは、心の感じる働きが捉えたのは今ではなくて、
今に極めて近い過去と相場は決まっています。
心の感じる働きは、心の考える働きよりも精妙である分だけ、今に近い時間帯を捉え得る
のは確かですがそれでも、今そのものを捉えるところまでは行けないわけです。

繰り返しますが未来はいきなり過去に変わるのであり、今とはその変わり目のことです。
未来と過去との間にある変わり目、それは例えば紙を二つに折った時にできる折り目と同
じで、如何なる中身も含んではおりません。もちろんこれは、こちらの世界から見た場合
の話ですが。
今はこちらの世界には無いと私が申し上げますのは、そういう意味もありますしまた前述の
ように、我々にとっての認識の道具である心に掛からないという意味もあります。

http:// 

 

Re: 「今ここ」と言うことば

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月22日(水)04時45分11秒
返信・引用
  > No.38[元記事へ]

OIVISさんへのお返事です。

> 「今ここ」の様相は「時の今」でも「場所のここ」でもなく
> ある種「実質そのもの」じゃないでしょうか?

というご質問ですが、「私の見た限りでは、その通りです」とお答えしましょう。
私の見た限りでは、「今ここ」というのは確かに、ある種の実体を持った実質そのものです。私はそ
れを真我と位置付けています。すなわち本当は、真我は「今ここ」に在るというよりも、真我は「今
ここ」であるという方が当たっているということですね。
にも関わらず敢えて、真我は「今ここ」に在るという言い方をすることがありますのは、説法上の方
便でもありますしまた、ある意味それはそれで一概に間違っているとは言えない面もあるからです。

それにしてもほとんど全ての人たちにとって、「今ここ」という言葉から何らかの実体や実質を連想
するのは例えば、「空間」という言葉から何らかの実体や実質を連想するのと同じぐらいに難しいこ
とであるはずです。そう言えば昔、空間というものを、ある種の固さを持った「実質そのもの」であ
るという風に主張してらした方がおられましたけれども…。

真我の体現を意味する悟りを求めておられる方々にとって幸いなのは、以上のような話を理解できる
か否かってことと、悟れるか悟れないかってこととは全く関係が無いということです。
こういう話は多くの人たちには意味の無い話だとも言えます。



 

http:// 

 

「今ここ」と言うことば

 投稿者:OIVIS  投稿日:2011年 6月20日(月)13時58分26秒
返信・引用 編集済
  そもそも「今ここ」という呼び名は「そこ」にあって指を立てたり 言ってたりするんであって
こちらの世界で言ってるのじゃない様に思うのです
そこは結構肝腎な点で こちらの住世界から言えば「それ」と言うしかないものではないのでしょうか?
長々ディテールの端々を言ってもああ言えばこう言われて際限ないから
いっそ「そこ」に立って「これよこれ」「ここよここ」と言ってるのが「今ここ」なんじゃないでしょうか?

こちらの住世界の何処かをより分けて指さして言ったのでは無いから「今ここ」はこちらには何処にも無い
そんなもんじゃないでしょうか?

こちらの世界の 工場のベルトコンベアの前で
左隣の人の前にさしかかったものを気にしてもしょうがない
右隣に行っちゃったものを気にしてもしょうがない
私の目の前にさしかかったものに集中するしかない 集中すればそれでいいのだ
と言う自分への「言い聞かせ」「納得」「センチメント」として「今ここ」「今ここ」言うのは分る
分るけれどもそれは「センチメントとしての今ここ」ではないでしょうか?
それが多く世間に使われる「今ここ」ではないでしょうか?

その状況下で「今ここ」はベルトコンベアの上には無い
何処を探したって無くて
強いて「今ここ」に辿着こうと思ったらベルトコンベアを黒い膜の中まで遡って
更にその上空からポトンポトンと物を吐出してるノズルがベルトの真上にある
そのノズルの更に奥のタンクだか機械の本体の中にありそうだと言う事になる

ここで管理人さんにお聞きしたいのですが
「今ここ」の様相は「時の今」でも「場所のここ」でもなく
ある種「実質そのもの」じゃないでしょうか?

 

Re: よい機会だから申し上げておきます

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月19日(日)18時45分29秒
返信・引用 編集済
  > No.36[元記事へ]

行雲さんへのお返事です。

> 中島タローさんへのお返事です。
>
うーん…私としては、悟りの状態と悟りにあらざる状態との間に中間的状態が無いということの珍
しさ、例外性を際立たせ、強調するためにああいう具体例を出しただけだったのですが、具体例の
選び方をこれからは気をつけにゃならんようですな。

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よい機会だから申し上げておきます

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月19日(日)00時31分54秒
返信・引用 編集済
  当掲示板の中では余談になりますが、行雲さんのラストの投稿では悟りの状態における特
徴の一つがよく表現されていたと思います。
悟りの状態における特徴の一つとは、我々から見て常に、100パーセント現れているか100
パーセント隠れているかのどちらかであって、その中間が無いということです。言い換え
ればこれは、我々は常に、悟りの状態に居るか居ないかのどちらかであって、どちらとも
判別しにくい状態に居ることは有り得ないということに他なりません。
そのことを行雲さんは、ご自分の言葉で語っておられました。

生と死の間にさえ、医学的な意味での中間的な状態もしくはグレーゾーンというものがあ
りまた、男と女の間にさえ……があるというのに、悟りの状態と悟りにあらざる状態との
間にはそういうものが無いというのは、これ如何に?
これって、“今”に居る状態と“今”に居ない状態との間に中間的な状態は無いってこと
と深いところで繋がっているのがお分かりでしょうか?

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行雲さん、この度の一連のご投稿ありがとうございました

 投稿者:中島タロー  投稿日:2011年 6月17日(金)00時03分51秒
返信・引用
  この度は行雲さんに鋭い突っ込みを受けたことで、自分の説明不足なところや言葉の足り
なかったところに気づくことができて、有り難かったです。
また気が向いたら、ご投稿お願いします。

http:// 

 

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